ソチ冬季五輪にみる社会人基礎力③(チームで働く力)

2014年3月28日

昨夜、NHK総合テレビにて放送された「41歳の境地 葛西紀明 知られざる素顔」をみました。そこで、改めて葛西選手が「レジェンド(伝説)」と呼ばれる所以がよくわかりました。

以前は競技に集中する一匹オオカミ的な存在だった葛西選手が、36歳の時に所属する土屋ホームスキー部の監督に就任したことを機会に変わりました。ご本人談では「心の余裕」が持てるようになったそうです。柔軟に対応できるようになったということですね。今までは競技に集中するために1回しか出ていなかった開会式にも、なんと20年ぶりに主将として参加されました。普通であれば、競技と主将の重責からプレッシャーに押しつぶされそうになるところです。「多くのチームメートと握手して、みんなのパワーがこっちに伝わりました。自分もみんなに頑張ってほしいという気持ちを込めて、手を握り返しました。」と、ストレスをポジティブに捉えて対応する姿勢は見習いたいものです。
日本チームにおけるもう一人のベテランである渡瀬雄太選手への対応にも、葛西選手のおもいやりが感じられました。残念ながら競技前日のメンバー選考から外れた彼に対して、部屋を訪れて「お前もできる、あきらめなければできる。」と励ましていました。情況を把握する姿勢ですね。この気持ちは、どこからきているのでしょうか。長野オリンピックに直前の怪我で出場できず、日本チームが金メダルを獲った大歓声の中、葛西選手はひとり「落ちろ!」という気持ちで見ていたといいます。そんな自らの悔しい体験から、他人の心の痛みもわかるようになれたのでしょう。伊東大貴選手も渡瀬選手の手袋で飛び、まさにチーム一丸となって戦いました。
一方、他のメンバーの体調も万全というわけではなかったようです。期待の伊東大貴選手(28歳)は五輪直前に左膝を痛め、ひざが曲がらない状況。同じ部屋だった葛西選手に「(出場は)厳しいです。ノリさん(葛西選手)だったらどうしますか?」と相談。ノリさんの返事は「ここまで来たら、痛み止めを飲んででもやる」と答えたそうです。その言葉に「やれることは何でもやろう」と目が覚めたそうです。
竹内選手(26歳)は、開会直前の今年1月に2週間入院。競技後の発表では、選手生命にも影響を与えかねない難病を患っているとのことでした。最年少の清水礼留飛選手(20歳)は、兄も父もスキー選手であり、日本にスキーを伝えたオーストリアのレルヒ少佐の名前に由来して命名されたほどのスキー一家に育ちました。しかし年末から調子を落とし、一時はワールドカップ(W杯)から外される悔しさも味わっていました。
そんな厳しい環境の中、日本チームをまとめて1998年長野オリンピック以来のメダル獲得(海外では初)に導いたのは、レジェンド葛西選手の「チームで働く力」なくして考えられなかったと思います。「4人で力を合わせてメダルを取れたことがうれしい。取らせてあげたいと思っていた」と、銀メダルでは見せなかった涙を流しながら語っていた姿は印象的でした。力を合わせて苦難を乗り越えた者たちだけが味わうことができる感動でしょう。どうぞお身体に気をつけながら、これからもスポーツの素晴らしさ、チームワークの大切さを私たちに教えてください。(文責:古木)

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